概要

1. 概要

遺伝性膵炎とは、遺伝により再発性膵炎や慢性膵炎が多発する稀な疾病である。遺伝性膵炎の定義としてGrossは、①血縁者に3人以上の膵炎症例を認め、②若年発症、③大量飲酒など慢性膵炎の成因と考えられるものが認められず、④2世代以上で患者さんが発生していることを挙げている。我が国では少子化に伴い明確な家族歴を得ることが困難なため、厚生労働省難治性膵疾患に関する調査研究班の策定した臨床診断基準に基づき診断される。

2. 原因

原因遺伝子変異として、カチオニックトリプシノーゲン(PRSS1)遺伝子変異が約4割、膵分泌性トリプシンインヒビター(SPINK1)遺伝子変異が約3割、その他・不明が約3割とされる。膵炎発症の第一段階は、膵腺房細胞内でのトリプシノーゲンの異所性活性化である。生体内には異所性のトリプシノーゲン活性化、さらに活性化したトリプシンを介する他の消化酵素の活性化による自己消化から膵臓を守るための防御機構が存在している。PRSS1遺伝子異常により、トリプシンの活性化・不活性化のアンバランスが生じるとトリプシンの持続的活性化が生じ、膵炎を発症すると考えられている。しかしながら、SPINK1遺伝子における最多の変異(p.N34S変異)による膵炎発症機序は解明されておらず、また3割の家系では原因遺伝子異常を認めず、発病機構は明らかではない。

3. 症状

発症は10歳以下が多く、幼児期より腹痛、悪心、嘔吐、下痢などの急性膵炎様発作を反復し、多くは慢性膵炎へと進行し、膵外分泌機能不全や糖尿病を高率に合併する。頻回な膵炎発作のための入院や疼痛コントロールのために内視鏡的治療や外科手術が必要となる症例も多い。

4. 治療法

疼痛のコントロールと、膵内外分泌障害に対する補充療法といった対症療法にとどまり、根治的治療はない。

5. 予後

一般の慢性膵炎に比べて遺伝性膵炎の発症が幼少時と若く有病期間が長いことや、炎症が反復・持続し高度となりやすいため、膵外分泌機能不全や糖尿病を高率に合併し、QOLは著しく低下する。さらに遺伝性膵炎患者さんの膵癌発症率は一般人口のそれと比べて、約50倍から90倍と高率である。

<診断基準>

再発性急性膵炎あるいは慢性膵炎(確診及び準確診)症例で、以下の①~④の4項目のうち①を満たす場合、あるいは②、③、④の全てを満たす場合、遺伝性膵炎と診断される。

  1. カチオニックトリプシノーゲン(PRSS1)遺伝子のp.R122Hないしp.N29I変異が認められる
  2. 世代にかかわらず、膵炎患者さん2人以上の家族歴がある
  3. 少なくとも1人の膵炎患者さんは、大量飲酒など慢性膵炎の成因と考えられるものが認められない
  4. 単一世代の場合、少なくとも1人の患者さんは40歳以下で発症している

<それぞれの定義>

急性膵炎

  1. 上腹部に急性腹痛発作と圧痛がある。
  2. 血中又は尿中に膵酵素の上昇がある。
  3. 超音波、CT又はMRIで膵に急性膵炎に伴う異常所見がある。

上記3項目中2項目以上を満たし、他の膵疾患及び急性腹症を除外したものを急性膵炎と診断する。

  • 注:膵酵素は膵特異性の高いもの(膵アミラーゼ、リパーゼなど)を測定することが望ましい。

再発性急性膵炎

慢性膵炎の診断基準を満たさず、急性膵炎発作を複数回反復するものである。多くは微小胆石によるものと推測されているが、遺伝性膵炎の一部も含まれると考えられる。

慢性膵炎(慢性膵炎臨床診断基準2019)

慢性膵炎の診断項目

  1. 特徴的な画像所見
  2. 特徴的な組織所見
  3. 反復する上腹部痛または背部痛
  4. 血中または尿中膵酵素値の異常
  5. 膵外分泌障
  6. 1日60g以上(純エタノール換算)の持続する飲酒歴または膵炎関連遺伝子異常
  7. 急性膵炎の既往

慢性膵炎確診:a, bのいずれかが認められる。

  • ①または②の確診所見
  • ①または②の準確診所見と、③④⑤のうち2項目以上

慢性膵炎準確診:1または2の準確診所見が認められる。

早期慢性膵炎:3~7のいずれか3項目以上と早期慢性膵炎の画像所見が認められる。

  1. 他の膵疾患、特に膵癌、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)との鑑別が重要である.
  2. 注①、②のいずれも認めず、③~⑦のいずれかのみ3項目以上有する症例のうち、早期慢性膵炎に合致する画像所見が確認されず、他の疾患が否定されるものを慢性膵炎疑診例とする。疑診例にはEUSを含む画像診断を行うことが望ましい。
  3. 注③~⑦のいずれか2項目のみ有し早期慢性膵炎の画像所見を示す症例のうち、他の疾患が否定されるものは早期慢性膵炎疑診例として、注意深い経過観察が必要である。

付記. 早期慢性膵炎の実態については、長期予後を追跡する必要がある。


慢性膵炎の診断項目

① 特徴的な画像所見

確診所見:以下のいずれかが認められる。

  • 膵管内の結石
  • 膵全体に分布する複数ないしびまん性の石灰化
  • MRCPまたはERCP像において、主膵管の不規則な*1拡張と共に膵全体に不均等に分布する分枝膵管の不規則な拡張
  • ERCP像において、主膵管が膵石や蛋白栓などで閉塞または狭窄している場合、乳頭側の主膵管と分枝膵管の不規則な拡張

準確診所見:以下のいずれかが認められる。

  • MRCPまたはERCP像において、膵全体に不均等に分布する分枝膵管の不規則な拡張、主膵管のみの不規則な拡張、蛋白栓のいずれか
  • CTにおいて、主膵管の不規則なびまん性の拡張と共に膵の変形や萎縮
  • US(EUS)において、膵内の結石または蛋白栓と思われる高エコー、または主膵管の不規則な拡張を伴う膵の変形や萎縮
② 特徴的な組織所見

確診所見:膵実質の脱落と線維化が観察される。膵線維化は主に小葉間に観察され、小葉が結節状、いわゆる硬変様をなす。

準確診所見:膵実質が脱落し、線維化が小葉間または小葉間・小葉内に観察される。

④ 血中または尿中膵酵素値の異常

以下のいずれかが認められる。

  • 血中膵酵素*2が連続して複数回にわたり正常範囲を超えて上昇あるいは低下
  • 尿中膵酵素が連続して複数回にわたり正常範囲を超えて上昇
⑤ 膵外分泌障害

BT―PABA 試験(PFD試験)で尿中 PABA 排泄率の明らかな低下*3を認める。

⑥ 1日60g以上(純エタノール換算)の持続する飲酒歴または膵炎関連遺伝子異常*4

早期慢性膵炎の画像初見

a, bのいずれかが認められる。

  • 以下に示すEUS所見4項目のうち、1)または 2)を含む2項目以上が認められる。
    1. 点状または索状高エコー(Hyperechoic foci [non―shadowing] or Strands)
    2. 分葉エコー(Lobularity)
    3. 主膵管境界高エコー(Hyperechoic MPD margin)
    4. 分枝膵管拡張(Dilated side branches)
  • MRCPまたはERCP像で、3本以上の分枝膵管に不規則な拡張が認められる。
  • USまたはCTによって描出される膵嚢胞、膵腫瘤ないし腫大、および不規則でない膵管拡張は膵病変の検出指標として重要である。しかし、慢性膵炎の診断指標としては特異性が劣る。従って、これらの所見を認めた場合には画像検査を中心とした各種検査にて確定診断に努める。
    1. “不規則”とは、膵管径や膵管壁の平滑な連続性が失われていることをいう。
    2. “血中膵酵素”の測定には膵アミラーゼ、リパーゼ、トリプシン、エラスターゼ1など膵特異性の高いものを用いる。
    3. “BT―PABA 試験(PFD 試験)における尿中 PABA 排泄率の低下”とは、6時間排泄率70%以下をいい、複数回確認することが望ましい。
    4. “膵炎関連遺伝子異常”とは、カチオニックトリプシノーゲン(PRSS1)遺伝子のp.R122H変異やp.N29I変異、膵分泌性トリプシンインヒビター(SPINK1)遺伝子のp.N34S変異やc.194+2T>C変異など、膵炎との関連が確立されているものを指す。
  • MRCPについては、可能な限り背景信号を経口陰性造影剤の服用で抑制し、以下の撮像を行う。
    1. 磁場強度1.5テスラ(T)以上で、シングルショット高速SE法で2D撮像を行う。
    2. より詳細な情報を得たい場合は、息止めまたは呼吸同期の3D高速SE法を追加する。
    3. 早期慢性膵炎の診断に際しては、分枝膵管像を詳細に評価するに耐えうる画像を撮像することが必要であり、磁場強度3.0テスラ(T)での撮像が望ましい。
  • 早期慢性膵炎のEUS所見は以下のように定義する。
    1. 点状高エコー:陰影を伴わない縦横3mm以上の点状に描出される高エコー。3つ以上認めた場合に陽性とする。
    2. 索状エコー:3mm以上の線状に描出される高エコー。3つ以上認めた場合に陽性とする。
    3. 分葉エコー:大きさは5mm以上の、線状の高エコーで囲まれた分葉状に描出される所見。3つ以上認めた場合に陽性とし、各分葉エコーの連続性は問わない。
    4. 主膵管境界高エコー:膵管壁の高エコー所見。膵体尾部で観察される主膵管の半分以上の範囲で認めた場合に陽性とする。
    5. 分枝膵管拡張:主膵管と交通のある1mm以上の径を持つ拡張した分枝膵管拡張とし、3つ以上認めた場合に陽性とする。分枝型IPMNとの鑑別は時に困難である。